2008年4月23日

文化庁長官 青木保殿

全国労働組合総連合(全労連)   
議長 坂内三夫
映画演劇労働組合連合会(映演労連)
中央執行委員長 高橋邦夫

映画「靖国」問題についての再申し入れ書

 ドキュメンタリー映画「靖国YASUKUNI」(李纓監督)の上映妨害問題について4月7日、貴庁芸術文化課と全労連、映演労連とで交渉が行われましたが、芸術文化課清水明課長は「今回の文化庁の対応は間違ってない」と強弁されました。
 しかし、映画「靖国」の国会議員事前試写会については、多くのマスコミ、ジャーナリスト、諸団体、識者らが「事前検閲に等しい」と指摘し、その仲介をした文化庁の責任を問うています。私たち全労連、映演労連としても、事前検閲に加担し、上映妨害のきっかけを自ら作ったにも関わらず、まったく反省もない貴庁に対して、改めて強く抗議したいと思います。
 また、この映画「靖国」上映妨害問題では、映画文化への公的支援のあり方を含めて、いくつかの重大問題が浮かび上がってきています。
 そこで私たち全労連と映演労連は、以下の諸点について貴庁に見解を求めたく、再度交渉を申し入れる次第です。3週間以内に、芸術文化課課長より上級職の方がご出席の上での話し合いの場を設定してください。
 よろしくお願いいたします。

1.貴庁は4月7日の私たちとの交渉において「今回の対応は間違っていない」と表明されましたが、映画「靖国」の国会議員事前試写会については、多くのマスコミ、ジャーナリスト、諸団体、識者らが「事前検閲に等しい」と指摘し、その仲介と設定をした文化庁の責任を問うています。
 自民党・稲田朋美議員は週刊新潮の昨年12月20日号の「反日映画『靖国』は『日本の助成金』750万円で作られた」との記事に触発されて2月12日、映画「靖国」への公的助成が適切だったかどうかを検証したい、映画を見たい、と貴庁に要請したとのことですが、そうであれば助成規程と諸手続きに照らして適正だったことを説明すれば良いだけのことで、事前試写に手を貸す必要などまったくありませんでした。すでに助成されて作られた映画だったのですから、見たければ公開後に見れば良かったのです。
 稲田議員は試写会後、「イデオロギー的メッセージを感じた」「ある種のイデオロギーをもった映画に公的基金から助成するのは相応しくない」旨の発言をし、芸術文化振興基金からの助成取り消しを求めました。この発言からして、稲田議員の狙いは「公的助成が適切だったかどうかを検証したい」ということにとどまらず、「反日という政治的イデオロギーを持った映画」であるかどうかの事前チェックだったことは明らかです。
 なお稲田議員は最近、「事前に見せろとは言っていない」と弁明しています。しかし劇場公開の2ヶ月も前に見せろと要求し、費用も負担すると言って貴庁に試写会のセッティングを強く要請したのですから、「事前に見せろとは言っていない」は詭弁です。渡海文部科学大臣も4月4日の会見で、「(公開前に診たいという)要望はあったと思う。なかったら動かない」と語っています。貴庁はアルゴ・ピクチャーズらに対して、こうした稲田議員らの検閲にも等しい事前試写会の開催を執拗に迫り、実際に国会議員の事前試写会をやらせ、そのことによって上映中止の契機を作ってしまったのです。これでもまだ貴庁は、「今回の対応は間違っていなかった」と強弁されるのでしょうか。
 また、仮に稲田議員が「事前に見せろとは言っていない」としたら、それならば事前チェックの場を貴庁の意思で設定したことになるのですから、余計に事前試写の設定に奔走した貴庁の責任は重大です。

2.貴庁と日本芸術文化振興会は、稲田議員、あるいは自民党・有村治子議員の要請直後から、驚くほど機敏に、そして執拗に製作会社、並びにアルゴ・ピクチャーズに対して様々な「要請」をしています。これは映画製作者への政治的圧力、行政権力の圧力になると思われなかったのでしょうか。
 中でも貴庁と日本芸術文化振興会は、稲田議員らの「要請」直後から製作会社に対して、「取材、撮影の許可・承諾をどう処理したか具体的に教えてほしい」「神社、刀匠、参拝者、集会にいた人などに承諾を得るに際して提示した企画書、趣旨を説明した資料などがあればいただきたい」「取材対象者からのクレームの有無についても教えてください」「映画の中で使われている古い写真や映像の著作者の許可・許諾などがどのような状況か聞かせてほしい」などと執拗に迫っています。
 貴庁はこのことを4月7日交渉の中で認め、「製作会社と取材対象者との当事者間の問題」としながら、「国会議員がその問題を国会で指摘するようなので、本当に大丈夫なんでしょうか、と確認させていただいただけ」などと答えておられましたが、実際は執拗な圧力・強要に等しいものだったと言われています。
 しかも、この貴庁らの要請によって得られた情報が、有村議員の参院内閣委員会での追及の材料になり、有村議員の刀匠・刈谷氏への電話となり、映画「靖国」潰し攻撃の材料となったことについて、貴庁としてはどう責任を感じておられるのでしょうか。貴庁や有村議員のやったことは、ドキュメンタリー映画の成立を危うくする重大行為です。
 これらの点について、貴庁のお考えをお聞かせ下さい。

3.日本芸術文化振興会は、稲田議員らの要請を受けた貴庁を通じて映画「靖国」の助成申請書等を稲田議員らに渡しました。
 独立行政法人である日本芸術文化振興会に情報公開の義務があるにせよ、助成申請書等が作品の公開前に無原則に情報公開されたら、助成申請書や台本等に記載された文言の揚げ足を取って「政治的宣伝意図がある」などと難癖をつけられかねません。事実、今回の場合、有村議員は国会で申請書類に書かれた記述を槍玉に上げ、「政治的宣伝意図を有する映画だ」と主張しています。情報公開の義務があるとは言え、公開前に助成申請書等が議員らに渡され、それが映画の上映妨害や映画潰しの材料に使われなどは、あってはならないことです。
 そもそも助成決定は、見識のある専門委員の方々が個別に審査して決定するのですから、国会議員がそれを外部からチェックするために助成申請書等を出せ、と言ってきても、公開前にその要請に全部応える必要はないのではないでしょうか。一定のルールや基準が必要だと思われますが、今後の対応も含めてお答えください。
 また、今後も助成申請書等が国会議員等に渡り続けるようであれば、製作会社の企画内容や経営実態などが流出することになりかねません。この点についてもどうお考えかお答えください。

4.貴庁は4月7日交渉で、「今後も同じようなことを議員から要請されたら、同じようなことやるのか」と問われて、「ある程度対応しなくてはいけない」と答えています。場合によっては、また事前検閲のようなことや製作会社への政治的圧力をやるというのですから、これも重大発言です。
 こういう貴庁の姿勢では、映画文化への公的支援全般に不信が広がり、せっかく根付いてきた映画文化への公的支援事業が崩壊しかねません。このことをどう考えておられるでしょうか。

5.有村議員が日本芸術文化振興会の専門委員(審査員)に「映画人九条の会」のメンバーがいたことを国会で問題にし、「(その委員の)政治的、思想的活動が当該映画の助成金交付決定に影響を与えたのではないかという疑念を払拭せよ」などと執拗に貴庁に迫りました。
 この点について貴庁は4月7日交渉で、「審査員の決定については、映画の専門性、幅広い視野、総合的に見ていくことになる。(ある団体に加入しているかどうかは)それでもって良いとか駄目とかいうことでなくて、総合的に専門家の中から選ぶことになる」と答え、映画の助成採択についても「助成採択にあたっては、映画が優れているかどうかを専門家が評価するもので、監督などがある団体に所属しているからということで不採択になるということはないし、そういう基準もない」と答えています。
 しかし、「総合的に」という言葉は曖昧です。今後の専門委員の選任や映画の助成採択に当たっては、対象者や監督などがある団体のメンバーであるかどうかや、対象者や監督などの思想・信条を詮索せず、条件にしないと確約できますか。

6.映画「靖国」の連鎖的な上映中止は、結果としては映画館側(あるいは映画館経営会社側)の自粛、自主規制という形となっていますが、そこに至る引き鉄は与党議員の圧力、事前検閲を設定した貴庁が引きました。結果は自主規制ですが、いわば他によって規制を余儀なくされた「他律規制」に等しいものです。
 貴庁は4月7日交渉で、「外部からの圧力で中止になったとすれば非常に遺憾」と述べられましたが、まさに貴庁自身が外部からの圧力となってこうした「他律規制」を呼び起こしたことを、貴庁はどう受け止めますか。

以上

 


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